【山口県長門市】民泊母屋がある向津具半島ってどんなとこ?②(移住のハナシ)

向津具半島

民泊母屋の家族は2017年に山口県長門市の向津具半島に移住しました。
この記事では、移住した経緯や、実際に住んでみて良かったこと(メリット)、困ったこと(デメリット)などを自己紹介がてら綴ります。

山口県長門市に移住した経緯

民泊母屋を運営する私たち家族は、お父さん(マサーヤン)、これを書いているお母さん(サキエ)、そして2025年7月現在9歳の長女と6歳の長男、猫1匹というメンバーで暮らしています。
お父さんは京都生まれ・山口県育ち、お母さんは神奈川県で生まれ育ち。
(お父さんは大学で京都→上京してフリーランス&ミュージシャン活動→WEBデザイナーとして独立・千葉でシェアハウス&田んぼや畑→日本一周の歩き旅。
私は大学まで神奈川→オーストラリアワーホリ→大手ゼネコンや銀行で派遣勤務→バックパック旅やデンマークエコビレッジ滞在で影響を受けて熊野へ移住→熊野古道ガイドや県立の施設・NPOで勤務→雑貨店開業)

20代後半に単身三重県の熊野地方へ移住して10年以上が過ぎたころ(当時は移住とかIターンという言葉すら一般的ではなかった)、日本一周歩き旅をしていたお父さんと出逢い結婚。
ご縁あって熊野市の当時人口3人だった小さな集落に暮らすことになり、私がそれまで市内で営んでいたお店(メイドイン熊野の衣食住&量り売り・木花堂)も移転、長女が生まれて人口6人になったとか、地元の新聞にとりあげられたりしたもんでした(笑)。

山口県への移住計画、最初に見たのはGoogle Map。

私たちは熊野が大好きだったし、私にとっては父親のルーツで「魂の故郷」、今も変わらず大切な場所なのですが、子どもができたことでどちらかの実家に近い土地に住みたいと考えるようになり、マサーヤンの実家がある山口県内の下関から遠くないどこかへ引っ越そうと計画を立てたのが、長女が1歳半のころ。
また、当時住んでいた熊野の集落は獣害がものすごくて、昔からの田んぼには杉やヒノキが植林され放置林も多く、まともな田んぼが残っていなかったことも移住を考えたキッカケではありました。
最初に見たのはGoogle map(笑)
ひときわ青い海と、山が海に落っこちているかのような地形が熊野に似ていた長門市が気になり、ズームアップしたのが青海島と向津具半島でした。
その時に初めて「向津具(むかつく)半島」を知り、そのユニークな地名に驚きつつも、意外と移住者が多かった点にも興味を持ちました。(塩づくりの会社「百姓庵」など。)
移住地探しの旅では、県が運営する移住体験施設に宿泊しながらいくつかのエリアを回り、最終日に向津具半島に入りました。

広葉樹の森、田んぼ、海、獣害は猪だけ… 理想に近い環境が向津具半島にあった。

“半島”とは三方を海に囲まれた土地のこと。
自然の恵みと共生しながら育まれてきた特色ある風土が残っていることが多いですが、ここ向津具半島に初めて入った時にもやはり、それまでの内陸と雰囲気がガラっと変わったことを感じました。
また、ドライブしているとあちこちの方角に海が見えるので、まるで島にいるかのような錯覚を覚え、それまで暮らしていた大好きな熊野に似た秘境感もドンピシャで気に入り(熊野も紀伊半島という大きな半島です。)、植林が少なく広葉樹林の森が半島を覆っていることにも、二人で感動しきり。
「ここだ!ここにしよう。」
驚かれる方も多いかもしれませんが、この時にすでにインスピレーションでこの地への移住を決めてしまっていた私たちでした(笑)。

その後、地域の方や移住した方にお会いする機会があり、獣害があるものの猪のみだから比較的軽いこと、移住者が助け合うコミュニティが自然とできていること、地域の方も移住に対して概ね好意的とのことなど、お聞きすることができました。
また、家を探す間の仮住まいの家や田んぼも貸していただけることになり、2017年4月に移住、3か月後の7月に先輩移住者の方の紹介で今の家と出逢い、購入しました。

購入した家の納屋を、カフェに改造している様子(2017年)。第2子妊娠までの数か月だけの幻のカフェ、今は民泊の食堂になっています。

【山口県長門市】向津具半島に移住した理由

移住先の条件

先に少し触れましたが、当時の私たちが掲げていた移住先の条件は、以下の通り。

①薪の暮らしができる森が家の敷地にあること
②自然栽培の稲作ができる田んぼがあること
③陽当たりのいい家であること
④車が家の目の前に停められること

⑤家の敷地のプライベート感
⑥家から海が見えること
⑦湧き水があること

①、②の理由としては、熊野でも実践していた、こういう暮らしを続けたかったからです。
向津具半島で購入した家のすぐ裏の広葉樹の森が本当に素晴らしくて、正直、家よりも森を気に入ったのが一番の決め手でした。
獣害対策も猪だけなので、畑や田んぼを囲む柵は低くてもOK。
熊野の住んでいた集落では、田んぼには高い電柵、畑には頭上まで覆う網の屋根がないと、頭の良い猿がチームワークを駆使して作物をスッカラカンにしてくれましたから…
③、④、⑤は熊野の家で苦労していた点なので、今回は必須条件。
というわけで、①~⑤は叶いましたが、⑥と⑦は妥協をすることに。
家の裏山にちょっと登ると海が見えるのと、30分程かかりますが徒歩でも海へ行けるのでヨシとしました(笑)。

⑥については、家の敷地に井戸があったので、これをいつか活用したいなぁと。
コーヒーやお米を炊く水は車で1時間で行ける名水「半田弁天」や「別府弁天」の湧き水にお世話になりつつ、台所に浄水器も設置しています。

しかし最終的な決定は、インスピレーション。

これらの条件に大体当てはまる家が見つかったうえで向津具半島に移住することを最終的に決めた理由はというと、ごめんなさい、まったく参考にならないと思いますが、インスピレーションです(笑)。
「この土地にいると、心地いいな。」という感覚。

母屋は床がベコベコだったので、離れにDIYでキッチンとお風呂を作り、カフェを作っていたころ。(2017年)

それが一番大事でした。
スーパーが遠くて不便じゃない?と心配していただくことも多かったですが、それまで暮らしていた熊野の小さな集落の方がもっと不便だったため(最寄りのスーパーまで30分、携帯電波なし。)、当時はまったく気にしておらず、むしろそれまでよりは便利になったという感覚でした。
子どもの保育園は?小学校の通学方法は?中学や高校はどうなるの?など一般的な教育環境についても、すんません!(笑) まったく考えていなかったです。
(実際には近くに保育園と小学校があるので、お世話になっています。)
むしろこの土地は、私たちの考える子育て・教育に最高の環境がすでにあると思いました。

昔の子どものように草や土、なんでも口にいれて、たくさんの菌を取り込んでいた1歳児。

どんな土地に住んでも全てが揃っているということはあり得ないし、周囲の環境は変化するもので、確実なものなんてない。
だから最初から理想通り完璧な場所を探すつもりはなく、最低限ここだけはって決めた条件を元に家を探しました。
元々夫婦そろって旅人なので多拠点生活にも興味を持っていますが、この土地に移りすんで8年が経ってみて、今なおこの場所は残りの人生の大部分を過ごす土地だと感じています。
教育については、その時その時の成長過程で、子どもが望むもの(環境や体験の機会など)で足りないことがあれば、その時にできる限りのことをしようと決めています。

【山口県長門市】向津具半島に移住して良かったこと、大変だったこと

というわけで、向津具半島に移住してから、これを書いているいる2025年で丸8年が経とうとしています。
出ていく人の方が多いような見知らぬ土地にわざわざやってきて、子育てをしながら暮らしていく…
その中で、良いこともあれば大変なこと、困ったこともあるのは当然です。
この項では、向津具半島に移住して良かったこと、ぶっちゃけ困ったことや大変だったことを素直に綴ります。

移住して良かったこと

①森がいい♪
自宅の裏山の広葉樹の森が本当に気持ちいいです。
昔はトレッキングやウォーキングをしたくてわざわざ山へでかけていたわけですが、自宅でそれが叶うのは本当に幸せ。

②海がいい♪
透明度が高く、お天気が良ければまるで南の島にいるかのよう。
岩場や遠浅ビーチなどいろいろ楽しめます。
大陸からの漂着ゴミが多いことに驚きましたが、この現実も見つめながら海を楽しんでいきたいですね。

③子どもがのびのび遊べる環境がいい♪
子どもたちが自然の中で創意工夫を大発動させて遊んでいたり、思いのままに動いたり大声を出してエネルギーを発散させている様子を見た時は、ここに引っ越してきて本当に良かったなと感じる瞬間です。
私が子ども時代(神奈川の住宅街育ち)にはできなかった・思いつかなかったようなことを本当にのびのびやっていますねー(笑)。

④獣害が少なめだから、野イチゴや野草も豊富
向津具半島は獣害が少なめなので、自宅の敷地で採れる様々な野草が豊富で、野イチゴもたくさん採れます。(熊野で住んでいた集落は獣害がひどすぎて、ヨモギすら食べられてしまっていた汗。)
夕飯時に「今日緑の野菜がないなぁ」なんて時、子どもたちに「なんか食べられる野草採ってきてくれない~?」とお願いすると、ハコベやセリ、オオバコなどをしっかり採取してきてくれます(笑)。

⑤移住者仲間のコミュニティが心強い
縁もゆかりもない土地で親戚も近くにいないので、移住者同士のつながりには本当に助けられました。
なにかあれば集まって持ち寄りパーティをしたり、年末の餅つきをしたり、誕生日が近い子どもの合同パーティをしたり、子どもたちの成長を一緒に見守ってきました。
これからもゆるく末永くつながりながらいざという時には助け合える、とても頼りになる存在。

⑥小学校の仲間たちが、みんな幼馴染&地域の人が優しい
多くが保育園からそのまんま小学校へ上がっていくので、子どもたち同士、みんなが幼馴染。
長女は割とセンシティブな性格ですが、小学校入学の時も保育園から一緒の子たちとそのまま進級する感じなので安心感があったみたい。
1年生から6年生まで、2025年現在で合計16人という小さな学校ですが、年齢差・男女差の壁が薄くとても仲が良くてほほえましいです♪
地域の方もとても暖かくて、田んぼ作業のことでもめっちゃ助けていただきました。
2024年をもって我が家は田んぼをやめましたが(2025年から自宅の敷地で陸稲にトライ)、地域の棚田で作業の合間におじちゃんたちおしゃべりしたりする時間が好きだったなぁ。

移住して困ったこと・大変だったこと

①想像してたよりも冬が寒かった
積雪は年に数えるほどだし、島根や鳥取の山陰側に比べたら寒さは緩いのですが、寒波の時に日本海から吹く冷たい暴風がヤバイ(笑)。
断熱とは無縁の古民家暮らし、寒波の時は薪ストーブを炊き続けてもどこかからか隙間風が入ってくるし、朝なんかは外と変わらないような室温になってしまいます。
我が家ではお風呂も薪で炊くため、薪集めにもたくさんの時間と労力がかかります。
灯油ストーブも使いながら、毎年なんとか冬を乗り切っている感じでした。
移住当初から考え方も年々アップデート?手放し上手?になり、ついに2025年、断熱リフォームを決行します(笑)。

②子育てしながらの田舎暮らしはぶっちゃけ大変
いわゆるスローライフといわれる、”暮らしを丁寧に手作りする”には時間が必要。
スローライフはのんびりできるという意味ではなく、時間をかけてゆっくり作り上げていく暮らしのことだという捉え方がありますが、子育てってどうしても忙しい&計画通りにいかないものなので、時間の余裕を作ることが難しく、暮らしを丁寧にしたくてもできない時があったり、手仕事を完了できない時があったり。
それをストレスに感じては本末転倒なので、多くの人が子育てを通して”手放す”ことを自ら学ばれるかと思うんですけど、かくいう私もその1人。
今は便利なものも活用しながら、適度に田舎暮らしを楽しんでいます。

③小学校や幼稚園への送り迎えが大変
小学校の登校班集合場まで車で片道5分の送迎を行うのは、最近はお父さんの担当。
その間、私は息子の支度をし、幼稚園のスクールバス発着場まで送ります。
片道20分を毎日2往復。
最寄り駅へも歩いていける距離ではないので、中学・高校と送り迎えは続いていくと思います。
玄関から「いってらっしゃい」と見送れたらどんなに楽かな~と思うこともありますが、送り迎えの間の時間でいろんな話ができるというメリットもあり、子どもが大きくなるにつれてそういう時間も貴重になりそうです。

④ハエとアブが多い。めちゃめちゃ多い。
困っているっていうほどでもないですが…
多いですが、オーストラリアよりは少ないです(笑)。
(オーストラリアの田舎では、歩いていると口や目の水分にとまりたいハエが数十匹まとわりついてきます。)
一説には、牛舎が多いからだとか。
ハエは、5月頃と10月頃に増えます。
それ以外の季節はさほど気にならないのですが、多い時期はお父さんと子どもがハエたたきを振り回しています(笑)。
娘は、ハエを失神させる程度の強さにセーブして叩き、飼っているアカハライモリやカエルの餌に。
普段は庭でバッタやミミズを捕まえて餌にするので、家の中で餌が調達できる♪と喜んでいます(笑)。
アブは、6月後半~7月頃にとても攻撃的で、野良仕事をしてくるとアタックしてきて服の上からでも刺されるので、けっこうヤダ。刺された瞬間は結構痛い( ;∀;)。
まぁ痛くても数日で治るから我慢します。
本当に気を付けなければいけないのは、どこの田舎も同じですがやっぱりスズメバチとマムシですよね。なんてったって命の危険があるんだから…
物心つく前から、それらのリスクを教えながら育ててきました。

⑤夫婦1人1人で車が必要、ガソリン代も多くかかる
うちは自家用車の軽バンを改造してキッチンカーを営業しているのでなおさらですが、そうでなくても大抵は大人1人当たり1台の車が必要になることが多いです。
常に車が足になるので、ガソリン代もけっこうかかりますね。
時間に余裕があったら、自転車を活用するのも良いでしょう。
最寄りのスーパーまで15キロなら、自転車で行くのもちょっとしたエクササイズですね。
(帰りは登りだけど…)
(絶賛子育て中の今はそんな気まったくおこらんけど…)

これから

さて、8年も経ったら、人はいろいろ変わります(笑)。
やりたいことや、考え方だって変わったりしてもおかしくありません。
向津具半島に移住して8年が経った今、ここでの暮らしについてどう感じているかを書きます。

生活の不便さは、便利なサービスを活用してカバー

当初、徒歩圏内に学校やスーパーがない土地であることは全く気にしていませんでしたが、子どもが増えて大きくなるにつれて、そのデメリットを感じるようになってきました。
そこで今現在は、コープ宅配のお世話になっています。
玄関までビールなど重いものから冷凍ものまでなんでも運んでくれてめっちゃ助かってます♪

移住当初に掲げていた条件、今は…?

また、移住当初の移住地に求める条件は以下のようなものでしたが、今では多少変わりました。

①薪の暮らしができる森が家の敷地にあること→今も必要
②自然栽培の稲作ができる田んぼがあること→2024で水田辞めて2025から自宅敷地で陸稲。
③陽当たりのいい家であること→今も必要
④車が家の目の前に停められること→今も必要、すごいラク!

⑤家の敷地のプライベート感→今も必要、大声、楽器の音、気にしなくていいのが◎
⑥家から海が見えること→特にこだわっていない。
⑦湧き水があること
井戸水や雨水利用については今後も検討の価値あり。

つまり、こだわっていた点で②が抜けたって感じかな。
当初は田んぼがマストだったのに、変わるもんです(笑)

移住して困ったこと・大変だったことについてと、これから。

「移住して困ったこと・大変だったこと」に書いた①の冬の寒さについては、居間の断熱リフォームを今年行うことにしたので、大分改善されると期待しています。また、②の子どもの送り迎えについては、大変な面もありますが貴重な時間として前向きに捉えています。

移住と古民家とDIY。…古民家暮らしをどうしていくか…

とにかく古民家はほんとに寒い。薪ストーブで温めた空気もダダ洩れです!(もったいない!)
(以前から注目していた自給エネルギーの発信者”モーリーさん“でさえ、断熱の家に住み始めたとか…)
移住した当初、家の改修は前の持ち主さんの荷物の片づけから始まって、やはり移住者で近くに住んでいる大工のSくんに床下の土台の修理など難しいことを依頼しつつも、コツコツ自分たちで改修していきました。(私は片づけ専門だったけど…)
母屋の床下がボロボロだったので、納屋に作られていた部屋(1K)に住み始め(トイレ・風呂なし)、まずはキッチンとお風呂を簡易的にDIY(ツールボックスに長府の薪ボイラーを接続)、別の納屋をカフェに改修DIY、2人目が生まれて部屋数を増やそうと部屋の増築をDIY、キッチンカーをDIY、トイレも確か2020年頃に便槽の穴を約2M掘るところからDIY、その合間に、いつか母屋をゲストハウスor民泊にしようと、大工のSくんの力を借りながらちょこちょこ改修。
子育てしながら、暮らしながらでなかなか思うようには進まなかったですねー。
仮住まいをしている間に、ある程度改修するのがベストですね!私たちはこの家が決まった時、すでに仮住まいの家を出なければならないリミットがあったので…住みながら改修するのはやっぱ大変でした。)
それでもまだまだ直したいところだらけだし、年々、他にも傷んだ場所などが出てくる…
まさに、古民家DIY改修は無限ループ!?なんじゃないかと(笑)

移住当初は何でも自分たちでDIYして生活を作り上げていきたいという人生のシーズンで、それはぶっちゃけ、大分味わい尽くしました(笑)。
熊野での新婚当初は、ガスはほとんど使わずお風呂も調理もほぼ薪だったし、薪風呂生活はついこの間、2025年5月頃までトータル約10年間経験しました。
(しかも、給湯一切なし、オンリー薪。2025年5月からガスボイラー導入、いつでも温かいシャワーを浴びられるのって、やっぱりいいですね♪)
ホームセンターで買ったツールボックスを浴槽にして7年間使い倒したことは、周辺の移住仲間の間ではネタです(笑)。
まだまだネタはありますが(笑)、おかげでたくさんの貴重な経験ができ、良い思い出になりました。
ちなみに、当然ながら向津具半島への移住者がみんなDIY重視タイプではなく、本当にいろんな方がいます。ただ、割とみんなDIY重視率は高い方が多いです。それで改修費用を抑えられるから必要にかられてという場合や、元々やってみたかったなど、理由も様々。中には大工並みにスキルアップをした方も!

「なんでもかんでも自分で」という考え方を二人とも大分手放しました。(もうアラフィフだし、笑、そもそも追いつかないことに気づいた。)
そこで残りの改修(居住空間拡張・子ども部屋改修・風呂&トイレを家の中に設置)は今年、地域の若手設計士さん・大工さんにお願いすることにしました。
今後は適度にDIYを楽しみつつもプロの手に助けてもらい、私たちなりのQOL(Quality of Life…「生活の質」「生命の質」「人生の質」、一般的に、個人の生活における満足度や幸福度を示す概念)を上げていきたいと思っています。

薪作りは大変な仕事だけど、やっぱり薪ストーブっていいよね…

ライフステージと価値観の変化を受け入れ、より自分たちらしく。

なぜこんなことを書き綴るかというと、民泊母屋に興味を持ってくださる方の中に、移住先を探している方が今後も多かれ少なかれおられると思うからです。
実際、長門市の「お試し暮らしコーディネート事業の宿泊施設」にも登録させていただいており、これまでも移住希望の方が何組か宿泊されました。
向津具半島へ移住した方たちも、本当にみなさんそれぞれ百人百様。
今後、移住をされるかたも、それぞれいろんな価値観や目標があると思います。

そして、移住後のライフステージの変化とともに、移住当初の価値観やこだわり、やりたいことが変わることもあるかと思います。
私たちもだいぶ変わりましたし、周りにそういう友人もいます。
まぁ、転職みたいなもんですね(笑)。
そんな時は、その変化を受け入れて、より自分たちらしく変容していったらいいと思います。
私たちも、移住当初の価値観やこだわりで変化した点が多く、「じゃぁなんでこの土地に住んでいるんだろう?」という想いが浮かんだ時期もありました。
でも、その変化を受け入れた後も、「やっぱりこの土地、心地いいな!」と感じています。
何気ない日常で、例えば洗濯物を干しながら、はたと周りの山の空気を五感で感じてみると、「ここに住めて幸せだな。」と…そんな感じです。
だから、今後2拠点生活をすることがあったとしても、この土地は主な拠点の一つであり続けるような気がします。(土地、買ってるしね、笑)

前庭の、真っ白な花桃(3月)

移住地探しの旅の時の直観は、私たちの場合はどうやら正しかったのかな。
いや、正しいとか間違っている、とかじゃないのかもしれません。
私もこれまで、そこそこ色々な土地で暮らした経験がありますが、土地との相性っていうのはあって、それさえ合っていれば、周りや自分が変化してもその地がマイホームとなり、在り続けるのかもしれません。

最後は私のつぶやきみたいになってしまいましたが、何が言いたいかといいますと…
変化OK♪
ってことと…
どこに住んでもメリット・デメリットはあるよねー
そして…
どこに住んでいても仕事も子育ても楽なことばかりじゃないけれど、直感で「ここ」と思えた場所にはちゃんと理由があって、試行錯誤できる余白があるんじゃないかナ…。

というのは、移住して8年地点にいる私の所感です。
というわけで、長くなりましたが…
このホームページに「移住」というキーワードで辿り着いた方に、自己紹介もかねて一例として私たちのことを綴りました。
もしかして、少しでも参考になることがあれば幸いです。